細い路地に残る細い配電線!
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個人的に細くて古びた配電線を好んでおり、発見をしてはつい撮影をしてしまう。
今回は、東京都江戸川区西篠崎地区にある、自転車1台しか入れない路地で撮影したものを紹介しよう。
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最近は電力需要が増加しているため、細く古びた銅線よりも大容量となったアルミ線の使用が目立つ。
古びた銅線については、電力需要が増加する前の古くからある木密地域を中心によく確認する。
東京23区西部では練馬区、中野区、杉並区、品川区、大田区である。
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本線は太めのアルミ線となっているが、手前方向分岐先からは突如として古びたアルミ線の登場だ。
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分岐先の1本目はこんな感じだった。
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ここでは高圧は両引き留めとなっており、単相3線式200V/100Vの低圧電灯線を取り出すため、電灯用変圧器が1台乗っている。
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ちなみに、高圧用腕金は現在のサイズのものが使われているのだが、そのすぐ下にある変圧器への引き下げ線の支持と動力線の支持で併用されているトンボ腕金については少し短くなっており、ここはそれが古そうだった。
これは昔、高圧用腕金で多く使われていた短いものであろう。
長さについては、写真に記した通り。
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なお、下段にある変圧器の乗った変台もその上部のトンボ腕金に合わせるかのように同じサイズとなっていた。
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次いで、高圧カットアウトについては重塩害地域のため、皿型の中間がいしが取り付けられていた。
高圧カットアウトの製造年は1977年のようだった。
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続いてこちらは2本目
こちらは架空地線の支持が腕金となっており、古い感じに見える。
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今の配電柱は、こういった落ち着いた個性がない。w
今後は大きく突き出た離隔腕金なんぞが増えていくのだろうか
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建柱年は1969年(昭和44年)だった。高さは15メーター
当初は高圧配電線引き通しの高圧がいしは耐塩皿がいしだったことだろう。
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続いて3本目
こちらは架空地線の支持がキャップになっているのでやや近代的な感じである。
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変圧器の土台については相変わらず古そうだ。
こちらも1969年から使っている感じだった。
変圧器2次側については、一端子は接地を取ることになっているのだが、ここでは珍しくその接地側電線を支持する青色の低圧ピンがいしも確認できた。
しかしそれは現状、使われていないように見られる。
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それから、耐塩ピンがいしも当時物だった。
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そして最後、4本目!
最後はUターンする形で高圧引き込み線を分岐していた。
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その向かいに立つ高圧受電設備の入り口である構内第一号柱はこんな感じである。
こちらは最近になってから高圧気中負荷開閉器(PAS)を増設したようで、高圧用腕金のすぐ下に新しい腕金が手前側に向けて取り付けられていた。
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